no title
12月24日。
街はクリスマス・イヴということで盛り上がっている。
ケーキ屋の店頭では赤い服に赤い帽子の売り子が元気にケーキを売り、駅前の派手なイルミネーションにはケータイを構えて写真を撮る者が群がる。
極めて宗教色の薄い日本のクリスマスではあるが、道行く人々の顔は皆どことなく嬉しそうだ。
ここ、某有名ホテルの巨大パーティールームも例外ではなかった。
シックな衣装を身に纏い、歌い踊る少女。
スーパーアイドル・萩原雪歩である。
今ではテレビで彼女の顔を見ない日は無いくらいの売れっ子になった。
もはや日本には雪歩の顔と名前を知らない人間は存在しないのではないか、と錯覚することすらある。
自慢ではないが、オレがプロデュースをしている。
今夜は、そんな彼女のクリスマスディナーショウなのだ。
ディナーショウにしては珍しく、立食パーティー形式を採っている。
主役と客層、また会場のグレードやキャパを考えて、値段は少々高めに設定した。
ここだけの話だが、変な客が入りこまないよう、こっそり審査制にもさせてもらった。
選曲もバラード中心である。
おかげで、普段の雪歩のコンサートのような熱狂的な雰囲気には程遠い。
『ま、こんなディナーショウもたまにはいいのではないかね?』
という、ウチの社長による鶴の一声で決まったようなものなのだが。
そんなわけで、アイドルのディナーショウにしては落ちついた感じで進行している。
「……ありがとうございましたぁ。皆さん、楽しんでらっしゃいますかぁ?」
雪歩が客席に振って、拍手が起こる。
「えっと、ディナーショウってお客さんがご馳走を食べてるじゃないですかぁ? なんだか、私もお腹がへってきちゃいそうですぅ」
笑声。
ステージの上の雪歩は、普段の彼女とは別人のようだ。
「じゃあ、次の曲に……」
……そろそろかな。
「……え? あれっ? 照明が消えちゃいましたけど……?」
パパーン!パーン!
「きゃあっ!?」
クラッカーが派手に鳴り響いた。
これは雪歩には内緒である。
思ったとおり、かなりビックリしているようだ。
「ぷ、プロデューサーぁ?」
おっとと、さすがにこれ以上引っ張るのはヤバイか。
♪Happy Birthday to you, Happy Birthday to you……
「え……えええっ!?」
舞台袖からサンタクロースに似た衣装に身を包んだ少女が、アカペラで歌いながら登場した。
よしよし、すべて予定どおりに進んでいる。
「お誕生日おめでとう、萩原さん」
「ち、千早ちゃん? ど、どうして……?」
「今日は萩原さんの誕生日ということで、あなたには秘密で計画していたの。プロデューサーの考えでね。……会場の皆さん、突然のことで驚かれたかと思います。如月千早です。お聞きのとおり、今日は萩原雪歩さんのお誕生日なんです。どうか、盛大な拍手をお願いします!」
その声を合図に、一瞬にして照明が点灯。
会場中央には、大きなケーキが用意されていた。
ケーキの上には『Happy Birthday, Yukiho Hagiwara』と書かれたチョコレートプレートと、十数本のローソク。
「ええーっ!? さっきまでクリスマスケーキだったのに!!」
客席からは割れんばかりの拍手と祝辞。
「さぁ萩原さん。ローソクの炎を吹き消して」
「う、うん……」
フーッ……と息を吹きかけ、それでも1回では消えない炎を3回目に全部消してみせた雪歩。
「皆様、どうか今一度、萩原雪歩さんに拍手をお願いします!!」
千早の声に、またもや会場は拍手の渦につつまれた。
雪歩は、と言うと……
「あ、あの、皆さん。ありがとうございますぅ。何も知らなかったので、本当にビックリしてますけど……すごく嬉しいですっ。今日は、いえ、今年は今までで最高の誕生日になりましたぁ!」
戸惑いながらも、素直であろう気持ちを言葉に乗せて。
そうして、いつまでも鳴り止まない拍手が雪歩を祝福してくれた。
ディナーショウも終わり、楽屋に戻ってきて開口一番、
「プロデューサー、酷いです!」
「ははは、ゴメンゴメン。でも面白かっただろ?」
「知りません!」
あ、あれ? なんだか機嫌が悪いような?
「プロデューサー、フォローはお任せしますから」
「千早! なんだよ、もう帰るのか?」
「どうすれば萩原さんの機嫌が直るのかは、ご存知のはずです。そして、萩原さんの本当の気持ちも。……プロデューサーの気持ちも同じ……ですよね? では、私はこれで」
パタン。
行ってしまった。
……千早は本当に鋭いんだよな。
楽屋には、まだ拗ねて横を向いてる雪歩とオレの二人きり……
「あー……っと、雪歩。黙ってたのは悪かったけど、そろそろ機嫌直してくれないか?」
「……」
「せっかくの誕生日に、可愛い顔が台無しだぞ? 今日は何でも言うことを聞いてやるから。……オレにできることなら」
「……今から……」
「うん?」
蚊の鳴くような声で雪歩がひとこと。
「まだ、今日は終わってません。今から、今日が終わるまで、私の誕生日を私のためだけにプロデューサーが祝ってください」
珍しい。
雪歩がワガママを言っている。
「す、スタッフの人たちと千早ちゃんとお客さんには祝ってもらいました。それは凄く嬉しかったんです。本当です。でも、わ、私は、ぷ、プロデューサーに……」
本当に珍しい。
あの雪歩が……
「プロデューサー、わ、私、プロデューサーが……」
「わかった。もう何も言うな」
雪歩の、細い、細すぎる肩を抱き寄せて。
「ぷ、ぷぷぷ、プロデューサー!?」
「今日は雪歩の誕生日だもんな。さっきも言ったけど、お前の言うことなら何でも聞くぞ?」
一応、廊下に誰もいないことを確認してから、
「そうだな。今日が終わるまでなんてケチくさいこと言わないで、明日の朝まで一緒に祝おうか」
「え……えええええっ!?」
途端に顔を真っ赤にして口許を手で覆う雪歩を、今度は正面から抱きしめて。
「誕生日おめでとう。愛してるよ、オレの可愛い雪歩……」